東日本大震災
「ずっと嘘だった」
4月 16th
・チェルノブイリとは完全に異なる ↓
・チェルノブイリに匹敵する可能性は極めて低い ↓
・チェルノブイリと比較すれば、事態は深刻ではない ↓
・チェルノブイリに比べれば、ある程度穏やか ↓
・チェルノブイリと同程度の規模 放射線は10分の1?本当に?
現在も収拾のめどは立たず、放射能を拡散しています。
食品の出荷停止が相次ぎ、タバコよりもレントゲンよりも被ばく量は少ない。
直ちに影響を及ぼす物ではない。
国民には言わずアメリカにだけ相談し高濃度放射能を海にまき散らし。
まだまだ本当の事を言っていない気がします。
反原発即刻廃止!ではないですが、言っている事がおかしいのはもう誰にでも明らかになっています。
そして原発を作る事を会見しましたね。。。
先日話題になった斉藤和義さんの「ずっと好きだった」のセルフカバー。
色々著作権がどうだとか内容がどうだとか言われている人も居ましたが、僕は単純にロックだなぁと感じました。その業界でずっとやっている斉藤さんがそんなしがらみ知らない訳が無いし、迷ったかもしれない。でも歌おうと思い実行した事は中々真似ができない。過去に忌野清志郎さんや、高田渉さんを思い出しました。
思想がどうこう、理屈ではないんですよね。それがロック。何もしないで文句を言うのは粋じゃないよ。
斉藤和義
「ずっと嘘だった」
この国を歩けば 原発が54基
教科書もCMも言ってたよ 安全です
俺たちを騙して 言い訳は想定外
懐かしいあの空 くすぐったい黒い雨
ずっと嘘だったんだぜ やっぱばれてしまったな
ホント嘘だったんだぜ 原子力は安全です
ずっと嘘だったんだぜ ほうれん草食いてえな
ホント嘘だったんだぜ 気づいてたろこの事態
風に舞う放射能はもう止められない
何人が被曝すれば気がついてくれるの この国の政府
この街を離れて うまい水見つけたかい
教えてよ やっぱいいや
もうどこも逃げ場はない
ずっとクソだったんだぜ 東電も北電も中電も九電も
もう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ
ホントクソだったんだぜ 何かがしたいこの気持ち
ずっと嘘だったんだぜ
ホントクソだったんだぜ
先日の雨
4月 14th
http://atmc.jp/
全国の放射能濃度一覧
全国: 全国の放射能 | 全国の水道の放射能 | 全国の食品の放射能 | 全国の雨の放射能
水道情報: 東京 | 埼玉 | 神奈川 | 千葉 | 茨城
福島原子炉: 燃料棒露出度 | 水位 | 温度 | 放射線量 | 収納容器圧力 | 原子炉圧力 | 原子炉復旧状況図
福島海水: 海水(表層) | 海水(下層) | 海上の空間 | 放射線量
福島: 福島20km-30km圏 | 福島原発の放射濃度 | 福島原発の溜まり水 | 福島原発プルトニウム
拡散予測: 日本気象庁 | ドイツ気象局 | オーストリア気象局 | イギリス気象局 | ノルウェー気象局 | 台湾気象局
その他: 原子炉保安院による報道資料 | 茨城原発周辺 | 宮城県全域
を表示出来ます。
数字だけみると妙に不安になってしまう場合はみないほうが良いかもしれません。


徐々に上がっているのが不安になります。
~yoshi~
震災から一ヶ月が過ぎました。
4月 13th
僕自身は地震が元々苦手でw前までだいぶ大人にもなりましになってきたのですが、最近もうちょっと耐性が出来ましたwでも震度4からはやっぱり怖いですね。恐怖。有無をいわさない大自然の力。
一ヶ月経っても余震と言えないような地震が続き、16000回も超えているようです。東京ではパニックが起き水や生活品の買い占め。(備蓄は構わないとは思いますが、廃棄も沢山だったみたいです。)デマが飛び交い更なるパニックをよんでいたようです。
実は僕の実家が仙台、石巻にあり被害を受けました。もう一つの実家は茨城。友人は波崎の隣。
みんな家が倒壊し、ある人は高速道路に登って津波をギリギリよけたそうです。それぞれ避難所暮らしで連絡の取れない方も居ます。幸いにも多くの人の無事が確認出来ました。ですが亡くなってしまった人も居ます。税理士さんの家族も仙台で連絡が取れないと伺いました。
そんな事があり、経済を止まらせない為に!とか頑張ってとか、曲を作りましたとか正直それはそれで間違ってはいないけれど他人事なんだなぁと思ってしまったりしました。
まだまだ全貌が見えない中、10000人以上の人たちがそんな状況。いやもっと悲しい思いや現実的な地震の恐怖。避難所でのストレスを感じているんです。
正直まだまだ何をしていく事が正解かも分からないし、これは一生分からないかもしれませんが考え続ける事はしていきます。
そしてやっぱり出来る事をやっていくしかないという事も。
募金も自粛も遊びもデマも仕事も、一瞬でも立ち止まって考えるきっかけになったらと思い書かせて頂きました。
~yoshi~
ご冥福を、できるだけ多くの無事を
3月 15th
東京に住んでいる僕は地震があった時家に居ました。薄着でパソコンを前に揺れだし27インチのパソコンの電源を無理矢理抜き、安全な所へ移動させそのまま窓を開けて玄関を出ました。その頃には揺れもピークに達して一人階段の踊り場から向かいのビルが隣のビルが揺れ、自分が立っているのも大変で下を見ると人が飛び出していました。
振り返ると家の中のものが足の踏み場が無いほどひっくり返っていました。
でもそれだけです。
それで済んだのです。
すぐに服を着て大事なものを持ってブレーカーを落とし出てきてしまったので何が起こったのか分かりませんでしたが揺れる中階段を降り近くの安全そうな広さのある会社の駐車場にいきました。そこにはその会社の方が集まっていて一時混ぜて頂き話もし、落ち着く事が出来ました。
そこで事の重大さを知りました。
携帯は繋がらないメールも届かない。。。モバイルネットだけで情報を集め、その方々と情報共有をし余震に備えていました。
たったそれだけで済んだのです。
テレビでもネットでも被災地の映像が流れます。想像を絶する映像。音。
このままどうなってしまうのか?という恐怖。
津波原発余震。。。
ですが被災の映像には数字ばかりで本当の出来事は余り映っていませんでした。それはきっとパニックを起こさない為もあるのだろうとは思います。何が言いたいかというと、人が亡くなっているんです。津波がどうだとか原発がどうだとか余震がどうだとか。。。だから何処か他人事に感じてしまうのではないかとも感じました。
出来るだけ多くの人が助かる為に、
今助かりそうな命を失わない為に、
そしてまた踏み出す力を与える為にあるべきなのではないでしょうか?
数字にしてしまうと本当にリアリティのなくなってしまう死者、行方不明者の数。
犠牲者の方。本当にご冥福をお祈り申し上げます。
今、出来る事は自分本位の支援ではない。
だから被災者の気持ちを考え、耳を傾け、何をするべきかよく考え、供に復興出来る何かを行動しなくてはなりません。
今は電力不足のため、節電。後は募金。祈る事も出来る。それが今出来る事だと思っています。時間がすぎれば他の必要な事物も増えていくと思います。それは時間と共に変えていく。
節電募金じゃ痛みを分け合うとはとてもじゃないけど言えない。
でも前に踏み出さなきゃ行けない。
なら一緒に踏み出したい。助け合う事で自分自身も助けられていくと思う。東京に居ても。大阪に居ても。沖縄に居ても。
頑張ろう日本!諦めるのは今じゃない!
~yoshi~
◆今、東京にいて、震災後1週間で出来ること
3月 13th
http://ameblo.jp/fivefour/entry-10829122496.html#main
◆今、東京にいて、震災後1週間で出来ること
『冷静に、自分が出来ることと出来ないことを見極め行動する』
まず、東京は被災地ではなく、電気も水もガスも通っています。
今後の注意は絶対に必要ですが、余震も大きさも小さくなってきています。
その中で、一般の方は迷惑になるので、絶対に現場に行けません。
行くべきではないです。現場に行くのは自衛隊・専門のボランティアに任せるべきです。
顔が見える方がいる方は、その方が必要とするものを送るべきですが、
東京や他の地域で出来ることというと
「節電」「献血」「義援金」「祈り・思いやりの気持ち」だと思います。
◆被災した経験から、天災の場合には意識していること
-余震は気をつけた方がいい。(気を緩めた時に大きいのが来ます。)
-カイロは買っといた方がいい。(寒さだけは本当につらかったです。)
-なんかあった時に燃やしやすいものは持っておくことがいい。
ライター・マッチ・新聞紙(どうしようも無くなってもまず火がたけます)
ちなみに私が、タバコをやめない理由もちょっとだけこういう気持ちもあります。
-水は本気でためておく (これは絶対です)
-お金はおろしておいたほうがいい。(すぐに使えるようにしておくべきです)
-食べ物は意外となんとかなる。(3日たてば日本では大丈夫です)
-トイレの場所・避難場所は決めておいた方がいい。
-靴下は絶対はいた方がいい。(足怪我した覚えありますので、これもすべきです)
-出口はすぐに確保した方がいい(ドアが一瞬開かなくて、本当にどきっとしました)
◆神戸の被災の時の1週間の状況と、後々思ったこと
①『現場は思っている以上にもっともっと情報が入らない。』
twitter やFB・mixiを使っていてくれることを願うばかりですが、
(わたくしが被災した時は、中学3年なので、携帯もtwitter も
ありませんので、今は情報が入っているかもしれません。でも
電気がないから使い物にならないと思うので、下記も参考になると思います)
まず、情報が入らない理由として『現実を受け止められない2~3日がある』と
いう事です。今の状況が理解できないので、どーするも何も情報を取得してから
動くではなく、まず動く必要性があるからです。
私の場合、朝、余震で起きて、本格的な直下型の地震になる時は
たってもいられず、ただ、机や棚倒れ、その後部屋の端から端へ動くことを
見ながら耐えるぐらいでした。落ち着いてから「生きてる?」と隣の姉の部屋に
向かって叫んだ事を覚えています。
窓から外を見ても、全然別の景色になっています。
(後で高速が倒れた事がわかりましたが、その時は何か建造物が出来たと思って
しまいました。。。) 家を出ると目の前の家の1階が押しつぶされていて、
小学校の同級生が生き埋めになっている。こんな状況をすぐにのみこめるわけが
ありません。何をしたらいいかわからないまま1日がたってしまう。
確か、その時は、道端に各家族が出てきて、まずは近所の人でどうなの?
どこに行くのがいいの?等と話していた気がします。
阪神震災の場合は、特に私は東灘区で、あちこちから火が
出ていましたので、男は、埋められている人を助けることと、火を消すこと、
女性は、水の確保と、避難所の確保と大枠分けて、動きました。
近くの小学校に集まった方がいいとか、公民館だとかどこに行けば
安全かも全く分からなくなります。1日目は小学校に集まりました。
そこに行けば情報が入るはずという父の話で家族全員で泊まりました。
2日目か3日目に初めて、5駅ぐらい離れた祖母の家に行けましたが、
その時には1階が押しつぶられており、助け出すことも出来ないまま夜になるので、
悔しい気持ちのまま、次の日を迎えます。(結果的に他界してしまっていました)
生きているのか?すらもわからないまま本当に何も、出来なかったです。
結果的に、3日目か4日目に顔だけ確認でき、息を引き取っていることがわかりました。
遺体を取り出せたのは、もっともっともっと後です。
この時まで、一部の方のラジオでしか状況がわかりません。
大丈夫なラジオを持っている人も少なく、TVも見えなかったので、情報は本当に入りません。
少し、余震が落ち着くと、あまりにも人が小学校に火とが多すぎるために、
誰かが、ここの公園や!といってそこが、青木の一部の避難場所になりました。
後々、その場所はテントが立てられ、避難所になっていきます。
暖炉的なものも取られ、よくそこで話していました。
②デマは出ます。
今のtwitterをみて思うのですが、送る側も必要な情報だとおもうから善意で伝えます。
情報が思っている以上に入らない現地はもっと善意によるデマだらけだと思います。
今になってみるとありえへん!と思うことが実際にはいくつもありました。
「あそこの家事は、◎◎人が放火した!」とか
「◎◎地域は、水が通った!」とか
「ラジオで、今日もっと大きな地震が起きる!といっていた」とか
「◎◎でレイプがあった」とか
記載したら問題になることが多いので記載しませんが、
その時は状況をのみこめないので、信じてしまうのです。
大人が喧嘩している場面もいくつも見ました。
デマは少なかったんだよね?と聞かれた時に「ん??」そんなことはなかったでと思った記憶があります。
なので、現地にいない僕たちはスピードが大事ですが、
えっ。とちょっとでも思ったことは確認していった方がいいです。
だからこそ、東京で、しんでしまうという嘘のつぶやきは、
どうしようもないぐらい憤りを感じます。
東京では自助作用でデマは少なくなっていきますが、現地では電気が
とおって、TVやインターネットがつながるぐらいまで続く気がします。
(3日~1カ月ぐらい)
◆神戸の被災の時の2週間~3か月ぐらいでの状況と、後々思ったこと
①『支援での思い込みはNG』 いらないものがあふれます。
震災1週間が過ぎたころから物資が山ほどきます。
正直ベース、カンペンは美味しくないので、余ります。
2日目・3日目だと食べたかもしれませんが、それ以降は食べたくありません。
幹線道路が近かったため、必要ないぐらいに来る地域だったのかもしれません。
※他、思い出したら追記していきます。
◆うれしかったもの
「自衛隊のお風呂」 (ガスが通るまでは本当に必要で・・)
「ホッカイロ」 (雨が降って、寒いのは本当に耐えれない時があるんです・・・)
「歯ブラシ」 (3日ぐらいはいいんですが、そのあとは必要なんです)
「美味しい缶詰」 (なんだかんだで美味しいものが一番です)
「ウエットテイッシュ」(便利!)
母親が嬉しがっていたもの
サランラップ、カイロ、トイレットペーパー
◆いらなかったもの
「長持ちするだろうと思って送ってくれたカンペン」
「古着」
「水のいらないシャンプー」(興味本位で使ったけれど、ちょっとなれなくてすぐに風呂に入りたくなる)
正直、顔の見える方からであればこちらも気兼ねなく ◎◎がほしいと言えるのですが
公園に古着がどさっとおかれ、救援物資です。といわれても、誰一人とることなく
暖炉の火に変わりました。
実は、3日ぐらいは、意外と食料は、家にあるものでなんとかなるものでした。
両親は、『善意疲れ』と言っていた事も思い出します。
今思うと、正直、顔の見えない人以外に送る場合は、『お金』これが一番いいです。
募金サイトもありますし、ジャストギビングもお勧めです。
②『見たい気持ちで現場に行くことは、絶対にやってほしくないこと』
阪神震災の時に見物みたいな兄ちゃんが来ていて(すぐにわかりますが、、、)
見世物になってしまった時の何とも言えない恥ずかしさと悔しさは思い出します。
家にすぐに住み始める事が出来たわたくしは、まだましでした。
地元の友人は、テントで何カ月も住んでいた時に、本当に悔しがっていたことを
思い出します。
そんな方こそ、ボランティアが必要なんですが、見物目当てで行く人が、
少しでもいると本気のボランディアの方も受け付けなくなる方もいますので、
本気な方以外は被災地にはいかないでほしい。
周りで、そういう気持ちで現地に行く人がいたら絶対に止めてほしい。
体験していないからその人の価値観が変わることもないですし、
何もプラスにはならないです。
今回、自分が出来ることを考えて行動していくかたも多いと思います。その場合も、
・「押しつけ」になっていないか?
・「かわいそう」という気持ちを持っていないか?
を自問自答して行ってほしいと切に願うばかりです。
私も、自分の出来ることを精一杯行っていこうと思います。
◆震災後、ずっと思うこと
まずは、人命救助・その後復興する支援これは言うまでもないですが、
① 『子供~高校生には、心のケア・接し方のモラルを持ってほしい』
3ヶ月後・1年後 今の被災地の方とお会いする事も多くなっていきます。
大人は判るかもしれませんが、特に高校生ぐらいまでの子どもと話すときは、
話し手の方が配慮してあげてほしい。
被災の子供と話すときの、僕の結論としては、『お疲れさま、頑張ったね。』の一言でよい。
これもよくないかもしれないが、経験談から言うと、
本当に心配して思いやりを持って聞いてくれる方もいるのですが、
今思うと、明らかに、『興味本位』な質問が多くてたぶんそれは、
胸の詰まる思いやいたたまれない感情を抱いたけれど何も出来なかった
その方の自己満足もあったんだろうなぁと後になって思います。
本当に、それ聞いてどないするん?って今思うと何度も思った質問
・「震災大丈夫だった?」 → そんなわけないやん??TVみてたんやろ!とか・・・
・「周りは大丈夫だった?」→ 祖母が他界しました。聞いた方が言葉を詰まらせるとか。。
・「家は大丈夫だった?」 → 半壊しています。
震災の被災の方は、ほとんどは、大変です。確実に周りの方の誰かは
亡くなっているという前提で話をしてもいいと思う。
特に子供に関しては、何年間は話し始めるまで触れなくてもいいと思う。
最近、神戸の友人と話してやっと震災であったことを踏まえて僕たちは生きている
という事を素直に話し始められています。
でも、大学の時もまだまだそこまで話していなかった。
印象的だった経験は震災7~8年たったころに大学のころに子供をキャンプに
連れて行って時に、少しの地震で、夜中寝れなくなっていた。
そのぐらい、トラウマになる。
そのトラウマを毎回大人に会うたびにえぐられると思うと理解してもらえると
思います。ちなみに、被災者通しの神戸の人通しは逆に聞かれることも
聞くこともなかった。
②人は「強い!」 どんな環境でも楽しむ感情を持っていること
たとえば、神戸の震災もひどかったけれど、現地では笑顔もあるし、助け合うし
普段接しない人と接するし、意外とテンションが上がるところもあるんです。
僕で言うと、自衛隊の車に乗せてもらったことは初めてでとてもうれしかった
記憶がある。
子供は無邪気で、非日常な事が逆に好奇心をそそる部分もあると思っています。
今、一人暮らしなので被災した場合の気持ちを今の状況で想像するのは難しいですが、
「仕事は何んとかなる!今が大事」としきりに言っていた父を思い出す。
たぶん、今被災しても、仕事より命・家族優先と当たり前に思うのだと思っています。
①②をつうじて、この被災地と被災地の情報を見ただけの人のギャップがあるという事
を理解して接するべきだと思っています。
被災地の方はその場で同じ環境の人と「前を向いて生きていく」事を絶えずしている。
被災地でない方から「かわいそう」的な感情で接しられると「いやいや、大丈夫ですから」と
いう感情になる。
③天災の時は、ビジネスはしたらあかん!
便乗商売をした企業は地元では絶対につぶれている。
スーパーの◎◎とか地震の後にすぐに値上げをしたことを僕も含めて、
今でも根に持っている人は多い。結局数年後に撤退していった。
今回の渋谷で便乗値上げした会社であったりは、長続きしないはず。
そういう会社はなんだかんだで、離れる。レンタルビデオ屋のPRは許し難い。
被災地で、商売してしまうと本当につぶれる。
そんな商売は持たない。
今の震災の対応としてのIT系サービスの支援事業は本当に素敵な事で、
私は、どんどん利用していくつもりです。
(弊社でも出来る限りのことはするつもりです。)
ただ、保険会社は大丈夫かなぁ?と思ってしまいます。
たぶん、相当被害額になるのに、既に「負担する!」と明言されている。
あと後、震災は適用外です。となった阪神震災の二の舞はなってほしくない。
IT系サービスの情報のスピードに流されず、状況をすべて理解したうえで発表してほしい。
◆まとめると
・今は、『冷静に、自分が出来ることと出来ないことを見極め行動する』
・支援は、顔が見える方がいる方は、その方が必要とするものを送るべきで、
それ以外は、物資ではなく「お金」の方がよい。
・震災後の事も意識して今と同じぐらいのモラルの高さで対応していきたい。
助け合い・思いやりは確実に日本人は皆持っている事が証明されているので、
なおさら、被災された方々と同じぐらい強い気持ちで、絶対に復興する!と信じて
自分がが出来ることをする!そういう気持ちを全員が持つ。
また、来週になると平常に戻り仕事を開始すると思いますが、
その時でも「継続支援」という気持ちを持ち続ける。
それこそが大事だと思っています。
まずは、今出来ることを精一杯やります。
iphoneipodアプリ
3月 13th
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家庭の医学
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懐中電灯
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災害用伝言板
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Radio.JP
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Ustream
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HERO
3月 12th
警察庁は12日、今回の地震で警察官2人が死亡、46人が行方不明であることを明らかにした。
同庁によると、宮城県気仙沼署管内の駐在所に勤務していた千田浩二巡査部長(30)が津波にのみ込まれ、駐在所近くで死亡しているのが確認された。岩手県大船渡署管内でも交番勤務の警察官がパトカーごと道路の外へ押し流され、転落した車内で亡くなっているのが見つかった。
このほか12日午後4時現在、宮城県警で25人、岩手県警で14人、福島県警で6人、東北管区警察局で1人と連絡が取れず、安否が不明という。
警察施設も被災し、福島市の県警本部庁舎が崩壊の恐れがあり使用できず、本部機能を福島警察署に移したという。西村泰彦警備局長は「町が壊滅したとみられる地区もあり、被害はかなり拡大するのではないかと懸念している」と述べた。【合田月美】
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110313k0000m040042000c.html
人知れず頑張っている人。
出来る事だけで構わないのでみんなも何か心がけましょう。
~yoshi~
