50日
今日は、札幌からボランティアに来て下さっている知人の関係で、被害のひどかった地域(でもテレビなどではあまり映らないような)に行って野菜や生活用品をお届けに行くということをさせていただきました。
僕らは物を大量に避難所に届けるのではなく、自宅にいる人に直接届けるために一軒一軒まわりました。
僕の希望で、僕の祖母の実家のある東名という地区に行かせてもらいました。
小さい頃、春には潮干狩り、夏は釣り、秋には畑で採れた野菜を収穫しに行っていた想い出のある土地でした。
その地区で僕の親戚も三人亡くなっているのですが、近所の人に何か届けることができれば、という思いがありましたが、でも僕の想像は実に甘く、あたりには誰も居ませんでした。
本当に頭では理解できないし、感情では受け入れることの出来ない光景が現実としてありました。
それでも、空は青くて、海はキラキラと輝いていて、それがやけに眩しく見える。
海から数キロ離れた地域には避難所から戻ってこられている方々がいました。
猫を探しているおじさん、連休でどこからか手伝いに来ている家族、疲れ果てたお母さん、棒を持って立ち尽くしていたおじいさん、孫を津波から守ったおばあさん、家族を喜ばせようとして走って野菜を取りに来てくれた小学生、とても親切に道を教えてくれたコンビニの店員さん、入れ歯がないから食べ物はいらないって言ってたおじいさん、近所の人に物資を配ってくれたおばさん、母親を亡くした僕と同じ歳くらいの男性……。
いろいろな方々に会いました。
ある主婦の方が
「生き残ったのもね……」とおっしゃったので
僕は心の中で、そんなことは……。って思いましたが、その続きがありました。
「この先の不安から自殺する人が後を絶たない、そんな人がざらにいる。」
その話しになってその方は涙を流しはじめました。
未来への絶望から、生き残った人が自ら命を絶つ。
そんなことが起こっていました。
物資を配り終え、夜に全国からボランティアに来て下さっている方々が寝泊まりしている場所に行き、ギターを弾かせてもらいました。
宮城県人として感謝を表したかった。
たった一日、僕はこのことをやらせていただきましたが、へとへとに疲れました。
それを毎日やって下さっている全国の方々、そしてそこには韓国からの方々もいました。
本当に頭が下がります。
ありがとうございます。
えこひいきな行動かもしれないけど、今日偶然出逢った何かのご縁のある人達が元気でいることを願ってやみません。
Comments are closed.
